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「たま」のおかげでネズミを見ることがなくなった。
やっぱ、ネズミにはネコだ。

ネズミの件は少し落ち着いたが…


乾季がやってきた。
雨が減った。


レインタンクが常にピンチだ。

前の家は一人で使っていたので、乾季でもじゃんじゃん水を使っていたのだが、
今はお隣さんのレインタンクが壊れているので、共同で使っている。
さらに、学校も近いので、生徒たちも勝手に水を使っていく。

常に、残量を確認しなければならない。


最重要事項は飲み水の確保、それから、朝夕の水浴びだ。


なので、洗濯は近所の井戸に行って…。
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そして、トイレなんかにきれいな水を流すなんて…、もはや罪の意識。

洗濯で出た排水か米のとぎ汁、ないときは流さない、を徹底している。

水って大切。

蛇口からいくらでも水が出るって贅沢なことと感じる。


さて、水を勝手に飲むということだが、この国のものをシェアする感覚が凄い。

自分のものと他人のものとの境界線が低い。

実は、人の家のレインタンクの水を勝手に飲むことも普通のことなのだ。

自分で買ったお菓子も、誰かが買ったジュースも、どんなに小さい食べ物も…、「あなたにあげる」って渡したお菓子も…、全てそこにいる子どもたちで分ける。
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1つのカボチャをシェア。

道具もみんなでシェアしあって使う。
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このラッツアンドスターサングラス毎日違う子がかけている。もう誰が持ち主なのかわからない。


「勝手に使うな!!」と怒っている自分がすこし恥ずかしくなったことがある。

「あなたにあげる」ってみんなに見つからないようにこっそりあげたのに、みんなで分けている姿を見たとき、少し恥ずかしくなったこともある。

でも、自分のものを勝手に使われていてイラっとしたこともある。

図々しいお願いにイラっとしたこともある。



村人たちに暖かく迎えられていることに嬉しく思うのだが・・・、ソロモンの人たちと深く関わりたいと思うのだが・・・、


「冷蔵庫使わせてくれ」

「薬をつけてくれ」

「充電させてくれ」


日本だったら何も考えずに「どーぞ」で済むこと、決してやってあげたくない訳ではない。

異国の地、この途絶えることのないお願いにどう対処するのか。とても難しい。


最初の頃は、日本から持ってきたものにも限りがあるし、みんなにお願いされても適当にごまかして全て断っていた。


だが、ソロモン人と親しくなってきたり、いろいろ助けてもらうこともあったり、シェアの文化を知ったり、

全て断るのが申し訳なくなって、少しくらいは・・・、から、結構やってあげるようになった。

全て断るか、全て受け入れるか、そうしていれば迷うことはないのだが、
「やってあげる時もあれば断るときもある。」

この線引きとても難しいと日々感じている。


現状は、自分の機嫌と気分しだい。

ただ、やってあげてもあげなくても後からネチネチなんてことはない。後腐れない性格か忘れちゃうだけなのか・・・、そんなソロモン人に救われている。
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